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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)10370号 判決

大阪市中央区谷町一丁目二〇番地

天満八千代ビル一〇階

原告

株式会社官公庁フアミリークラブ

右代表者代表取締役

舘野幸夫

右訴訟代理人弁護士

俵正市

小川洋一

神戸市灘区篠原南町四丁目四番一〇号

被告

株式会社官公庁ブライダル・センター

右代表者代表取締役

早瀬宏

右訴訟代理人弁護士

模泰吉

三原敦子

玉田誠

井口寛司

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告は、「株式会社官公庁ブライダル・センター」の商号を使用してはならない。

二  被告は、「株式会社官公庁ブライダルセンター」の名称を使用してはならない。

三  被告は、原告に対し、金一〇万円を支払え。

第二  事案の概要

一  原告の営業及び営業表示(甲七六、七七、九一、弁論の全趣旨)

原告は、大阪市役所の退職者らが中心となって昭和五五年一〇月から経営してきた、権利能力なき社団経営の結婚相談事業を株式会社組織に改めるため、昭和五六年二月二六日に設立された、商号を「株式会社官公庁フアミリークラブ」(以下「原告商号」という。)とし、肩書住所地に本店を置く、結婚に関する情報サービスの提供等を目的とする、資本金一八〇〇万円の株式会社である。原告は、現在大阪市中央区本町橋所在大阪コクサイホテル二〇一号室に事務所を有し、右事務所で会員制の結婚相談所を経営し、右営業の営業表示として新聞及び電話帳の広告等において「官公庁ファミリークラブ」の標章(以下「原告表示」といい、原告表示と原告商号を一括して「原告営業表示」という。)を使用している。

二  被告の営業及び営業表示(甲九二、乙四八三、弁論の全趣旨)

被告は、被告代表取締役早瀬宏(以下「早瀬」という。)が昭和五六年六月から経営してきた個人営業の結婚相談事業を株式会社組織に改めるため、昭和五七年一〇月二日に設立された、商号を「株式会社官公庁ブライダル・センター」(以下「被告商号」という。)とし、肩書住所地に本店を置く、結婚に関する情報サービスの提供等を目的とする、資本金一二〇〇万円の株式会社である。被告は、被告がその事業を承継した早瀬の個人営業が開始された、昭和五六年六月から神戸市内に事務所を設け、昭和五九年一一月には大阪市北区梅田町に、昭和六三年一月には再度神戸市内にそれぞれ事務所を移転し、右各事務所で会員制の結婚相談所を経営し、右営業の営業表示として新聞及び電話帳の広告等において「株式会社官公庁ブライダルセンター」の標章(以下「被告表示」といい、被告表示と被告商号を一括して「被告営業表示」という。)を使用している。

三  請求の概要

〈1〉  被告商号が原告商号と類似し、その使用が商法二〇条一項、二一条一項にいわゆる不正目的又は不正競争目的をもってする使用であること、及び〈2〉 原告がその事業を承継した権利能力なき社団としての官公庁ファミリークラブの営業が開始された、昭和五五年一〇月以降現在まで継続して原告営業表示の広告宣伝に努めるとともに、新聞・雑誌の記事やテレビ・ラジオ等でもしばしば紹介され、原告営業表示は、遅くとも平成四年一〇月三一日までに、少なくとも大阪府、兵庫県、京都府及び奈良県において周知となったこと、原告営業表示の要部は「官公庁」の部分にあるから、被告営業表示は原告営業表示に類似し、原告営業と被告営業との間に誤認混同を生じ、原告が営業上の利益を害されるおそれがあることを理由に、被告に対して、商法二〇条一項、二一条及び不正競争防止法一条一項二号並びに同法一条の二第一項又は民法七〇九条に基づき、〈1〉 被告営業表示の使用停止及び〈2〉 営業上の損害一〇万円の賠償を請求。

四  争点

1  被告営業表示が原告営業表示と類似するか。原告営業表示の要部は「官公庁」の部分といえるか。被告商号の使用により両者の営業に誤認混同が生じるか。

2  被告は被告商号を「不正競争の目的」又は「不正の目的」で使用しているか。

3  原告営業表示は広く認識されるに至っているか(いわゆる周知性を取得したか)。

4  被告による被告営業表示の使用により、原告の営業上の施設又は活動と混同を生じるか。

5  右使用により原告の営業上の利益が害されるおそれがあるか。

6  以上が肯定された場合、

(一) 被告に故意過失があるか。

(二) 被告が賠償すべき原告に生じた損害の金額。

第三  争点に対する判断

一  事実関係

原被告双方の営業開始の経緯と営業の規模態様及び宣伝広告状況並びに両者の交渉経過は、次のとおりであると認められる(証拠は各項の末尾に一括掲記)。

1  原告代表取締役舘野幸夫(以下「舘野」という。)は、大阪市役所教育委員会に勤務していた昭和五三年頃、偶々社団法人シルバーユニオン主催の中高年問題研究会に出席する機会があった。右研究会の出席者の顔触れは、舘野のような現職公務員の他に、民間企業の社員や元大阪市の職員であった内橋勇(原告の現取締役、以下「内橋」という。)ら退職公務員等を含む多彩なものであった。その席上、中高年者に適した職業や職種が議論の対象となり、出席していた研究員らの間から、中高年者のそれまでの豊かな人生経験を生かした縁組の仕事が適しているのではないかとの意見が多く出たこと、舘野は、仕事の関係で縁談の相談を持ち込まれることが多く、対処に苦慮している経験談を披露したこと、当時銀行等の民間企業グループが主催する系列企業社員を対象とする結婚相談所はあったが、公務員を対象とする類似の団体はなかったことなどが契機となって、出席していた舘野や内橋ら現職及び退職公務員らの一部の間で、自然発生的に結婚適齢期の公務員の結婚を斡旋仲介するための結婚相談所を新たに設立しようとの気運が盛り上がり、舘野や内橋ら十数人の現職及び退職公務員らが発起人となって、退職公務員による現職公務員のための結婚相談を主眼とした、結婚相談所の設立準備作業が進められ、昭和五五年一〇月一一日、大阪市北区天満一丁目七番一九号八光ビル四階に事務所を置いて、権利能力なき社団としての官公庁ファミリークラブが設立された。官公庁ファミリークラブの事業は、翌昭和五六年二月二六日、株式会社組織の原告が、当時大阪市の経営していた同市東区(現中央区)京橋二丁目三五番地大阪キャッスルホテル四〇一号室を本店所在地兼事務所として設立されたため原告に承継されたが、原告は、その後も宣伝広告のみならず支部ないし支所開設のための業務委託契約書の契約当事者表記などの対外的関係では、多くの場合、「株式会社官公庁フアミリークラブ」の原告商号を使用せず、権利能力なき社団時代と同様「官公庁ファミリークラブ」ないし「官公庁ファミリークラブ本部」の表示を継続して使用し、代表者の肩書表示も「代表取締役」ではなくて、「会長」ないし「理事長」とすることが多かった。また、権利能力なき社団としての官公庁ファミリークラブ及び株式会社組織としての原告の代表者や役員には、舘野以外の退職公務員や舘野の親族らが就任したこともあるが、経営の実権は設立当初から一貫して同人が握っており、同人は、昭和五八年に大阪市役所を退職し、名実ともに原告の代表取締役に就任し、その経営に当たった。

(甲一、三八~五〇、七六、七七、八〇~八九、九一、弁論の全趣旨)

2  原告(以下において特に断らない限り、「原告」という場合、権利能力なき社団としての「官公庁ファミリークラブ」を含む意味で用いる。)のシステムは、当時西ドイツから日本国内に進出して順調に業績を伸ばしていた結婚相談会社「アルトマン」のシステムなどを参考としたものであり、会員制のコンピュータやビデオを使用したシステムであった。すなわち、原告の結婚相談所に入会すると、先ず専門のカウンセラーが入会者本人と個別に面接して、各人の学歴、趣味嗜好等の一般的質問のほかに、血液型、性に対する考え方、動物では犬と猫のどちらが好きかなどといった類の数百項目にわたる質問をし、その回答をコンピュータに入力してデータベースに登録するとともに、その面接中に入会者本人をビデオ撮影する。その後、原告側で既登録会員のデータと入会者本人のデータを検索照合して相性度を点数化し、上位から適合する交際相手を数人選び出し、その中から本人が相手候補のコンピュータデータとビデオ映像を見て交際希望の相手を捜し出し、双方が気に入れば、カウンセラー立ち会いのうえで見合いをする、というものであった。しかし、その後、原告の業態は徐々に変化し、昭和六一年二月一一日に設立五周年と大阪コクサイホテルへの事務所移転披露を兼ねて、同ホテルで、出席した男女が会食やゲームを楽しみながら互いの親交を深め交際相手を捜す、お見合いパーティーを開催したのを皮切りに、会員以外の者も所定の費用を支払えば参加可能な同種パーティーの開催や、男女が一緒に団体旅行して親睦をはかる、お見合いツアー等の集団見合いの企画遂行が原告の業務全体の中で占める割合が次第に増加し、対象会員層の範囲も、設立当初はいわゆる結婚適齢期の若年層が主であったのに対し、現在では中高年層にまでその範囲が広がっている。

(甲一~九、一二~三七、九三、弁論の全趣旨)

3  原告は、設立当初、主として1・2で述べた公務員OBによって設立運営される団体であるという、その設立の沿革と、コンピュータやビデオといったOA機器を利用し、専門家によるカウンセリングなどの科学的手法を積極的に導入したシステムの特徴点をセールスポイントとして、新聞、テレビ、ラジオ、雑誌等のマスメディアによって取り上げられ、入会者も次第に増加した。これを具体的にいうと、新聞では、例えば読売新聞(昭和五五年一〇月一一日発行)で「公務員の結婚相談所」「コンピューターでカップル作り

来春にも第1号 大阪市役所OB、弁護士ら”開業”」などの見出しで、同新聞(昭和五六年一月一三日発行)で「コンピューター縁結び 好評」

「会員二〇〇人 5月に初カップル」などの見出しで、同新聞(同年九月一〇日発行)で「コンピューター仲人」「より広く良縁さがし だが男女の機微までは…」などの見出しでそれぞれ紹介されたほか、その後も折にふれて行政関係及び公務員関係の新聞である日本行政新聞、大阪府の府政新聞、大阪市の市政新聞・市民日報や一部一般新聞紙上等でも紹介記事が掲載され、テレビでは、例えば昭和六〇年四月二二日テレビ大阪放送の番組「まいどワイド」(検甲三)で原告のシステムの概要が紹介され、昭和六三年五月二六日放送の同番組(検甲二)及び平成元年九月二日ABCテレビ放送の番組

「探偵ナイトスクープ」(検甲一)で原告主催のお見合いパーティーの模様等が紹介され、これらのテレビ番組では、いずれも番組中で舘野がインタビューに答え、ラジオでは、例えば昭和五六年一月一九日毎日MBSラジオ放送の番組「近畿の話題」(検甲四)及び同年三月一二日毎日MBSラジオ放送の番組「ラジオ・マガジン」(検甲五)にそれぞれ内橋が出演して、原告のシステムの概要を紹介し、昭和六一年二月二四日大阪OBCラジオ放送の番組「サントリー出前寄席」(検甲六)で同日開催された原告主催のお見合いパーティーの模様が実況中継され、番組中で舘野がインタビューに答え、雑誌では、例えば雑誌「CanCam」の平成元年一〇月号の付録「お見合いトレンドBOOK」(甲一一)の中で「その他の特定の職業の人が多いサークル」の一つとして原告が紹介された。

(甲一~一一、七六、検甲一~六)

4  原告は、設立後専ら原告表示を使用して、朝日・読売・毎日・産経の各新聞の近畿版、大阪・京都・神戸・奈良の各地方新聞、報知新聞等のスポーツ新聞、サンデー毎日、アサヒグラフ等の定期刊行雑誌、大阪府の府政新聞、大阪市の市政新聞、電話帳の大阪市内販、堺、中河内、淀川、北大阪、北摂、尼崎、阪神、神戸市内版、京都市内版、奈良北和版等へ広告を掲載するとともに、一般日刊新聞の各種案内掲載欄にお見合いパーティー等の参加者募集の案内記事を掲載し、あるいは官公庁職員及びその家族に対するダイレクトメールの発送及び機関誌「良縁だより」の配付等により、原告営業表示の知名度の向上に努めた。また、これら宣伝広告の内容面についてみると、前記した原告の業態の変化に伴い、当初の官公庁OBによって設立運営される団体であるという設立の沿革、及びコンピュータやビデオといったOA機器を利用し、専門家によるカウンセリングなどの科学的手法を採用したシステムの特徴点の宣伝広告を主とするものから、集団見合いの参加者募集等を主として宣伝広告するものに変貌している。

(甲一二~三三、三五~五一、七六)

5  早瀬は、昭和四八年に有限会社早瀬興産を設立し不動産業を営んでいたが、原告の会員であった知人の同業者から原告のことを聞いて原告のシステムに興味を持ち、原告の神戸支所として営業することを計画し、昭和五六年一月以降舘野及び内橋と交渉を進める一方で同支所開設の準備にとりかかり、同年四月にはJR元町駅前に事務所を借り受け、同年五月二六日には原告(既にこの時点で株式会社組織となっていたのであるが、乙第一号証の契約書には、原告側の契約当事者の肩書表示は「官公庁ファミリークラブ本部代表者(理事長)原田正也」と記載されている。)との間で業務委託契約を締結し、同年六月頃から「官公庁ファミリークラブ神戸支所」の営業表示を使用して原告と同様のシステムを採用する予定で結婚相談事業を開始するとともに、一部新聞紙上でこれを広告するなどの準備作業を進め、そのことが同月一一日発行の読売新聞(甲六五)で「官公庁ファミリークラブ神戸支所」の開設として報道された。しかし、両者の関係は、契約締結当初から原告の同支所に対するビデオテープやコンピュータデータ等の情報提供及び業務上の助言指導に関する両者の認識の食い違い等が原因で円滑を欠き、早瀬は、原告から満足な情報提供や助言指導を受けられず業務が遂行できないとの不満を抱き、同年一〇月以降原告に対する会員の入会登録手数料の支払を拒絶した。そのため、原告(官公庁ファミリークラブ本部理事長原田正也と表示)は、早瀬に対し、昭和五七年二月一六日頃到達の内容証明郵便で、右入会登録手数料の不払を理由に被告との間の業務委託契約を解約する旨の意思表示をするとともに、今後被告がその結婚相談事業に「官公庁ファミリークラブ」の名称を使用することを禁止する旨通告した。このような経過の後、早瀬は、原告とは無関係に事業を継続する意思のもとに、同年一〇月二日に被告を設立し、その直後から(原告よりも早く)各地で度々「出逢いのパーティー」と称するお見合いパーティーを開催するなどして結婚相談事業を展開し、現在は大阪と京都にも支社ないし支所と呼称する営業拠点を有するに至っている。

(甲六五、九二、乙一~七、一六~一九、四八三)

6  被告は、設立直後から現在まで被告営業表示を使用して主として兵庫県内を販売地域とする神戸新聞に月四、五回の広告を掲載するとともに、同県内に配付されている情報紙サンケイリビング神戸版及び同阪神版にも広告を掲載し、その後営業規模の拡大とともに広告掲載も増大し、現時点で確認ができるだけでも、平成二年以降、一般紙では、朝日新聞の近畿圏を中心に東は福井県から西は四国全域、鳥取、岡山、島根の各県及び広島県の一部を含む地域の版に月二、三回の広告を、読売新聞の右同地域の版に月四、五回の広告を、毎日新聞の右同地域の版に月三回の広告を、産経新聞の右同地域の版に毎月四、五回の広告をそれぞれ掲載し、その他にも地方紙では、神戸新聞に月四、五回、京都新聞に毎月、情報紙では、リビング京都新聞及び週間テレビ京都紙にそれぞれ広告を掲載するほか、各種サークル及び企業に対するダイレクトメールやチラシの配付による宣伝広告もしている。

(乙八~一五、二四~四六三〔但し一二六、二六八、二八二、三三〇、三三五、三七〇、三八九を除く。〕、四六七~四七九、四八三)

7  舘野は、昭和六一年三月一〇日、被告が被告営業表示を使用していることを知りながら、指定商品を「第二六類 印刷物(文房具類に属するものを除く。)、書画、彫刻、写真、これらの附属品」として、別紙商標目録記載の標章「官公庁ブライダルセンター」「KANKOCHO BRIDAL CENTER」について商標登録出願し、平成二年一月三〇日、登録第二二〇八〇二〇号で商標登録の査定を受け、平成三年一一月、被告及び被告が新聞広告の掲載を依頼している、朝日、読売、毎日、産経の各新聞社宛てに、右新聞広告が舘野の右商標権の侵害となる旨記載した警告文書を送付したほか、NTTタウンページ神戸市版上巻に原告営業表示を使用した原告の広告を掲載する一方で、「官公庁ブライダルセンター〈R〉(登録商標 第二二〇八〇二〇号 類似商標にご注意下さい)」と表示した広告を掲載している。他方、被告は、平成二年四月、大阪支社の開設に際し、かつて原告が同じ場所に事務所を開設していたことを知りながら、大阪キャッスルホテル内に右支社の事務所を設置し、これを知った舘野が同ホテルに強硬に異議を申し込むという事態に発展した。このような両者の対立反目関係は現在もなお継続している。

(乙二〇~二三、四八〇の1~9、弁論の全趣旨)

二  判断

1  争点1(被告営業表示が原告営業表示と類似するか。原告営業表示の要部は「官公庁」の部分といえるか。被告商号の使用により両者の営業に誤認混同が生じるか。)

原告営業表示中の「官公庁」の語は、「官庁と公庁」を意味する普通名詞であり、それは官公署と同義である(講談社〔カラー版〕日本語大辞典四二一頁)。同じく原告営業表示中の「ファミリー」の語は、現在我が国では一般に英語「family」に由来する、「家族」「一族。一門。」などを意味する普通名詞として広く知られているといって差し支えなく(通常の国語辞典にも「ファミリー」として登載されている。)、それ自体外来語の中でも特別特異な用語ではなく、日常ごく普通に用いられるところであるとともに、個々の用例についてのなじみが濃いか薄いかの点は別問題として、例えば「ファミリーサイズ(家族向けの、大型の)」「ファミリーネーム(名字、姓)」「ファミリーブランド(同一メーカーの製品に付ける共通のブランド名、統一ブランド)」「ファミリー・ライフサイクル(家族の誕生から成長、衰退、消滅に至る変化の過程)」「ファミリーレストラン(家族連れの客向けの割安のレストラン)」(以上の用例については朝日現代用語「知恵蔵」一九九二年版一四六四頁参照)のように、これを接頭語として更に別の外来語の普通名詞に冠した複合語としても日常多く使用されていることは当裁判所に顕著である。また、原告営業表示中の「クラブ」の語も、現在我が国では一般に英語「club」に由来する、「共通の趣味・職業などをもつ人々の社交・親睦団体。また、その会合場所。」などを意味する普通名詞として、これまた広く用いられる用語であるといって差し支えなく(通常の国語辞典にも「クラブ」として登載されている。)、一般人の間で、例えば「野球クラブ」「クラブハウス」のように、これを接頭語ないし接尾語として外来語を含む別の普通名詞に結合した複合語としても日常多く使用されていることも当裁判所に顕著である。そして、これらの「官公庁」「ファミリー」「クラブ」の各用語それ自体は勿論のこと、それらを結合させて一連表記した「官公庁ファミリークラブ」としてみても、そこからは、いずれも原告の現実の営業内容である結婚相談所の業務を観念することは極めて困難といわざるを得ない。したがって、原告営業表示は、結局、いずれの語句も一私人が専用することが許されず、しかも原告の営業内容との関連性が極めて希薄な「官公庁」「ファミリー」「クラブ」という、日常ごく普通に用いられる、いわゆるありふれた普通名詞の組合わせであり、かかる専用することが許されないありふれた普通名詞の組合わせで構成された営業表示の自他識別機能は、当然のことながら相対的に弱いものとならざるを得ないのであって、特段の事情のない限り、原告営業表示からいわゆるセカンダリー・ミーニングが発生することも考えにくい。さらに、右各語句の組合わせ方についてみても、各語句間相互の意味内容にも格別関連性があるとは認められないうえ、原告営業表示を構成する各文字も、それらを一連一体に結合表記し、その称呼もさほど長いものではないことなどを併せ考えると、原告営業表示は、その文字に相応して、「カンコウチョウファミリークラブ」と一連に称呼され、またそれから生ずる観念も不可分一体の標章(表示)として看取されるべきものとみるのが相当である。そうすると、原告営業表示中の「官公庁」の語は、他の記載部分と密接に結合し、直後に続く「ファミリークラブ」の部分と不可分の関係にあるものと認められ、原告営業表示においては「官公庁」の部分が主要部であり、「ファミリークラブ」の部分がこれに従属し疎薄な印象を与えるものとは到底考えられない。

また、原告の前記各宣伝広告ないし紹介・案内記事における原告営業表示の具体的使用態様をみても(甲一二~三三、三五~五〇)、縦書き・横書き、配置、字体、字の大きさ等の細部では、それぞれの表示間に若干の相違点はあるものの、その基本パターンは、「官公庁」の文字部分と「ファミリークラブ」の文字部分との間にその書体の大きさや形態上に差異がなく、また、両者の間に特に間隔があるというわけでもなく、原告営業表示を構成する各文字は、「ァ」文字を除き同等の大きさ及び同一の書体で、かつ、各文字の間隔も同様に一連に結合してなるものであり、このように「官公庁」「ファミリー」「クラブ」の三つの語句を平板に併記している点においては全ての表記例が共通しているといってよい。また、右併記のうち「官公庁」の文字部分を「ファミリークラブ」の文字部分と比較して特に強調して訴えようとする姿勢はそこからは窺い得ず、いずれかの文字(語句)部分のみが分離して特別に見る者に認識され特別顕著な印象を与えるものとは認められない。したがって、原告営業表示は、その具体的使用態様においても格別の特異性があるものとはいえない。

ところで、通常一般人は、「官公庁ファミリークラブ」の表示を見たり聴いたりしたとき、外観上も観念上も、原告表示を「官公庁」の文字部分と「ファミリークラブ」の文字部分とを結合させて新たに構成された造語であり、前者は後者に対する説明部分であると受け取り、原告が官公庁と何らかの関係のある組織、すなわち官公庁関係の「ファミリークラブ」であると認識することが推認できる。しかし、そもそも「官公庁」の語は、その字義からして、これを見たり聴いたりする者に対し、当該表示主体と国・地方公共団体若しくはそれらの機関又は公益団体等との業務上の結びつきを強く連想させるものであり、国・地方公共団体若しくはそれらの機関又は公益団体等の権威の尊重と公益の保護の観点から考えて、その名称の使用を一私人に独占させることは好ましいことではない。そのことは、原告の設立登記に際して法務省当局から原告商号中の「官公庁」の文字の使用が問題視され、法務本省に稟議の結果、それが特定官公庁を示すものではないとの理由で辛うじて登記申請が認められた経緯(甲七七)からも明らかである。のみならず、右のように抽象的に官公庁関係の「ファミリークラブ」と言ってみたところで、それだけでは原告の営業上の施設又は活動を示す表示としては誠に漠としたものというしかなく、右表示のみからはその具体的な意味内容を俄かに把握し難いのであって、右表示自体から直ちに原告の現実の営業内容である結婚相談所の業務を想起することは殆ど不可能というべきである。それだけでなく、原告のこのような営業表示の使用方法は、原告の現実の使用態様がそうであるように(KKや(株)の表示が伴うのは稀である。)、特に「株式会社」の表示を伴わない場合、その表示する営業主体と官公庁との業務上の関係について世間の認識を曖昧なものとし、需要者又は取引者の間に、あたかも原告が公共機関の運営する結婚相談所であるかのような誤解と混乱を生ぜしめる可能性が多分にあるものといわざるを得ない(各都道府県や市町村の単位で運営されている公立の結婚相談所も現実に多数存在する。甲一一)。なお、原告の前記各宣伝広告ないし紹介・案内記事の大半は、原告営業表示とは別個に、その冒頭に目立つ配置、字体、字の大きさで、例えば「お見合いパーティー」(甲一二、一四、一五、一七~二一、二三~三三、三五~三七、四三、四四、四七、四八)、「触れ合いパーティー」(甲一三)、「お見合いツアー」(甲一六)、「ブライダル」(甲二二)、「信頼の縁組み」(甲三八~四〇)、「良縁との出逢い」「良縁への出逢い」(甲三八~四一、四五、四六、四九、五〇)等のキャッチフレーズを掲げ、更にそれらの一部は、原告営業表示の肩書として、例えば「信頼のブライダルセンター」(甲三八~四二)、「日本結婚相談協議会会員」(甲四六)などと表記している。その他の原告の宣伝広告ないし紹介・案内記事の文言についてみても、例えば「官公庁OBが運営する信頼の結婚相談」(甲二二)、「同クラブは、官公庁職員と、その家族のための結婚相談所として、昭和五五年に設立されたもので……」(甲三七)、「官公庁OBが運営する……」(甲三八~四一)などであって、原告の設立の沿革についてまで言及しているものはごく僅かであり、その表現内容も極めて簡略なものばかりである。結局、これら原告の宣伝広告ないし紹介・案内記事の読者の大部分は、右のキャッチフレーズ、原告営業表示の肩書及びその他の宣伝広告文言並びに紹介・案内文言などを併せ読んで、ようやく原告の現実の営業内容が結婚相談所の業務であることを認識し得るものと認められ、原告が強調する原告の設立の沿革等の組織としての特色に至っては、改めてその詳細な説明を受けなければ、これを理解することは到底できない(内橋作成の陳述書である甲第七七号証中には、原告営業表示の採用理由として、原告の設立に際し、類似団体である三菱銀行系の「ダイヤモンド・ファミリークラブ」及び第一勧業銀行系の「芙蓉ファミリークラブ」などをモデルケースとし、官公庁OBが経営するという意味での「官公庁」の語と結婚相談所の慣用語である「ファミリークラブ」の語を組み合わせたものである旨の記載部分があり、また、甲第一二号証には、結婚相談所リストの中に「セントラルファミリークラブ」なる名称のサークルが挙げられている。しかし、国語上「ファミリークラブ」の名称のみで結婚相談所を意味するものとする認識が国民の間で一般化し、それが慣用名称となっていることを認めるに足りる的確な証拠はない。)。

さらに、結婚相談業界の取引の実情について考えても、同業界は、多数の中小業者が乱立気味の状態にあり、各業者が採用している営業表示も似たりよったりのものが多く、平成三年六月には、近畿地区の約一五〇の業者が、個人のプライバシーを守り、誇大宣伝広告の自主規制などの目標を掲げて、業者団体である「日本結婚相談業協議会」を結成していること(甲三四、乙四八二の1~4、弁論の全趣旨)、一方、顧客層の側についてみても、最近の我が国における結婚観の多様化傾向は顕著な事実であって、顧客層である結婚希望者らが結婚相談所に対して抱くイメージ、あるいはその利用意図も千差万別であろうことが十分に推測され、特に同業界の主たる顧客層を構成するとみられる、いわゆる結婚適齢期の若年層の間ではその傾向が強く、人生の伴侶の選択に際して、義理や人情の柵には余り頓着しないクールな感覚で対処し、あくまでも自らの意思と希望を優先する意識が浸透しており、そこに第三者の仲介を頼むとしても、仲介者自身の知名度や信頼性を重視するというよりも、単に交際相手との巡り合いの場の提供を受けるというだけの単純明快な意識でこれを捉らえる者が多いであろうことは容易に想像されるところであるから、結婚相談業者がその採用する営業表示のネーミングの適否や宣伝広告の多寡及びその態様によって顧客を吸引し、あるいはそのことによって企業の差別化を図って顧客の入会を促すことはますます困難な趨勢にあるものとみられること、さらに、原告の現実の営業態様について検討しても、右のような顧客層の志向の変化を受けて前叙のとおり次第に変遷を遂げ、現在では設立当初濃厚であった退職公務員による現職公務員のための結婚相談所という色彩が薄れ、お見合いパーティー形式等の集団交際方式の多用及び中高年者の結婚の仲介など、その業務内容は他業者のそれと大同小異なものに変貌してきていることが窺われるとともに、当初原告のシステムのもう一つの謳い文句であった、コンピュータやビデオといった機器の利用及び専門家によるカウンセリングなどの科学的手法の採用の点についても、近時のOA機器の普及程度などその後の技術進歩の状況に照らすと、現在では、さほどには自他の識別力と顧客吸引力を有する特徴的なものとは認められず、原告の宣伝広告においても、その点は既に前示のとおり必ずしも強調されなくなってきている。

以上の認定によれば、原告営業表示の要部が「官公庁」部分にあるとは到底認められず、被告営業表示と原告営業表示とは、「官公庁」の部分を除くその余の部分は全く相違しており、「ファミリークラブ」と「ブライダルセンター」とは現今の英語普及状況からみて、外観・称呼・観念のいずれの点においても全く相違し何人も分別可能であることが明白である(原告商号と被告商号の「株式会社」部分は特別顕著な部分といえない。)から、類似すると認められないし、被告が被告商号を使用することにより原告の営業と誤認されることもないと認められる。

2  争点2(「不正競争の目的」又は「不正の目的」の有無)

本件全証拠によっても、原告に対する関係において、被告が不正競争の目的又は不正の目的をもって被告商号を使用していると認めることはできない。

三  結語

原告の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がない。

(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 小澤一郎 裁判官 阿多麻子)

商標目録

〈省略〉

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